家族を殺された幼い娘、妻子を殺された若い夫、復讐代行を裏で行うシングルファーザーの警官、理由なき殺人を犯した犯人、その犯人を家族として迎えようとする女性。彼らを中心に、20人以上の人物が絡み合う、喪失と再生の大河ドラマである本作。全9章から成り、上映時間4時間38分という長さも驚異的だが、それ以上に、この映画に描き込まれた現実に誰もが引きずり込まれずにいられない。本作を強い思いを持って完成させた鬼才・瀬々敬久監督に、この映画に込めた思いを伺った。

(取材・文 飯塚克味)

高校生の時、「映画は犯罪を描くものなんだ」って思いました

―― 4時間38分という驚異的な長さの本作ですが、一瞬たりともだれることなく見る者を集中させます。企画の段階から困難が付きまとったのではと思えますが、どのように乗り越えていったのでしょう?

企画が始まったのは2006年です。4月に21ページあるプロットだけを完成させました。全部で9章からできて、それぞれにタイトルも付けていました。これを浅野博貴プロデューサーに見せたんです。浅野さんはタレント事務所もやりつつ、自主映画も作っていて、前々から「いい企画があったらやりましょう」と言われていたので、見せたところ、「やりましょう!」という話になったんです。その時はお互いに500万円ずつ出し合って、1000万円ぐらいの規模でできるかと思っていたんです。でもそこから脚本を作って、いろいろ具体的に進めていたら、全然予算が足りないことに気づくんですね(笑)。そこで撮影を決めては中止し、また決めては中止しと、延び延びになってました。でも2008年に半分程度の予算が集まったので、正式にクランクインしました。その途中も資金を集め続け、何とか完成にたどり着いたんです。その時もまだお金は足りなかったんですけどね(笑)。

 ―― 製作中断がある場合、企画そのものが消滅してしまう映画も少なくありませんが、よく完成しましたね。

何とか乗り越えましたね。一番ありがたかったのは、制作にスタンス・カンパニーという会社が入っているんですけど、そこの坂口一直さんの存在です。僕の昔からの知り合いで、山本政志監督の『ジャンクフード』という映画を作っています。彼はスタンス・カンパニーの社長であり、会社は映写技師の派遣業とか字幕の翻訳をやっていて、映画はそんなに作っていないんですけど、まあ彼の深く物事を考えない思考がうまく作用したんですね。「これ、辞めようよ」という人がいっぱいいる中で、「ええんちゃう?何とかなるんちゃう?」というタイプだったんで、たまたまといったら可笑しいですけど、うまくいったんですよ。

 ―― 現在は子供ですら気にかけてしまう、残酷な事件や報道が連続しています。監督ご自身も、そうした出来事から映画という形に残したくなる感情が沸き起こったのでしょうか?

元々の話をしますと、高校生の時に長谷川和彦監督の『青春の殺人者』という映画を見て、大ショックを受けた記憶があるんです。それで映画をやろうと思ったところがあって、当時は大森一樹監督や石井聰亙監督が自主映画からいきなり劇場映画に進出していったし、長谷川和彦監督もセンセーショナルな題材を取り上げていました。なので「映画っていうのは犯罪を描くことなんだ」と17、18の頃に思ったんです(笑)。僕はピンク映画でもやっていますけど、若松孝二監督も犯罪者の側に立って映画を作っている。つまり映画へのアプローチとして犯罪を描くというのが、原体験にあるんですね。ただ最近の犯罪って違ってきていると思うんですよね。昔の犯罪者はアンチヒーロー的な一面があって、犯罪者が社会を撃つ!みたいな映画が多かったんですけど、今は普通の人の身の回りで起きる事件が絶えずニュースとして流れてきます。下手したら、自分の娘が被害に遭うかもしれないという恐怖がある訳です。また場合によっては自分が犯罪を起こすんじゃないかという不安がよぎることもあるでしょう。社会が病むと同時に、犯罪も病んできています。そういうニュースに出てくる事件を描きつつ、現代を描いたらどうなるだろうという視点で作った映画なんです。以前は寝っ転がって見ていたニュースが、今だとまるで渦中にいるかのような気にさせられる。そんな時代に生きていることを伝えたかったんです。

この映画を見たら、自分の日常につなげていってもらいたい

―― 最初に登場する家族を失った少女のエピソードからして、感情を惹きつけられます。その後、映画は実に多様な人々の人生を映し出していきますが、一人の側面でなく、大勢の視点がこの映画には必要だったのでしょうか?

そうですね。この映画は一見、悲惨な出来事を描いているんですけど、ひとつの街の物語にしたかったんです。いろんな人が住んでいる街。今回は団地ということをテーマにしていますけど、その街にいろんな人がいて、つながっている感じを出したかったんです。人間関係も今はネットやケータイ、ツイッターなんかでつながっているような感じはするけど、実感は乏しい。みんな居場所をはっきりとつかめていないんだと思います。それは裏のテーマとして自分の中にあったんです。二人ぐらいの登場人物で進めるのではなくて、今現実に生きていることはどうなのかということを表現する時、一見つながっていない街の人が実はつながっているんじゃないか?居場所はどこにあるか?ということが念頭にあったので、いろいろな人物を散りばめて描いたんです。

 ―― 非常に密度も濃く、完成度も高い作品ですが、監督としては、作り上げた満足度はどれほどのものでしょうか?

現時点でできることはやりきったという思いではあります。反省点はあるけど、それは次につなげていきたいです。でも燃え尽きてしまった訳ではなく、逆にここが始まり!リ・スタート的な感覚を持っています。これは作らないといけないなと思って作った作品なので、作りたいと思って作った作品とは違います。この映画で沸き起こった事を次につなげいていきたい。見てくれた観客の皆さんにも同様に何か自分の日常につなげていってもらいたいと思っています。だからここが始まりなんです。

 ―― 東北にある廃墟になった集合住宅や、海沿いに立つ団地など、ロケーションも非常に印象的です。ロケハンも苦労されたのでしょうか?

これは住む場所を探している話でもあると思うんですね。だから場所は非常に重要な要素でした。街の感じが人にどういう影響を与えるかということも描きたいと思ったんです。だからいろんな場所を探し回りましたね。そして今の映画に映りそうもないところを選んだというのはあります。普通の映画だったら、ちょっと違和感を覚えそうな場所、例えば先ほどの海辺の団地もありそうでないものだし、そこに行くための渡し船も車で行けないの?と思えてしまう。この映画は現実をモチーフにしているんですけど、タイトルに『へヴンズ ストーリー』とあるように、ちょっと現実感がないテイストを出したかった。ストレートに現代の闇を描くというような作品ではなく。神様ってお地蔵さんやお祭りがそうであるように、もっと身近なものでした。日本人が昔から持っている異世界と触れ合う感覚というのも出せないかと思っていました。童話っぽくても、ファンタジックでもいいから、広い意味で物事を伝えたかったんです。最近、突っ込みどころの多い映画を非難する傾向ってありますよね。僕はあれがどうにも気に入らなくて、映画なんだから突っ込みどころがあって、いいんじゃないかと思うんです。日常的に起こらない事が起こるから、映画は魅力的なんじゃないでしょうか?

4時間38分という上映時間は、体験してもらいたい時間

 ―― この映画では手持ちカメラが効果的に使われています。冒頭の柄本明さんが、孫娘を必死に探すシーンや、忍成修吾さん演じる犯人と、山崎ハコさん演じる女性が刑務所で接見する静的な場面でもあえて手持ちにしています。意図はどのような点に?

登場人物の心情に寄り添いたかったんです。この映画はテンション高い芝居のオンパレードなんですけど、心情に寄り添って撮影する事が、今回の取り組み方でもあったんです。距離感が近いところで撮っているんですが、僕たちも役者と一体となって、その世界観に入り込みたかった。難しい問題を取り上げているので、入り込むことで何か発見できないかと思っていました。役者さんの芝居を冷徹に観察するのではなく、共に突き進んでいきたかったんです。そのことで役者さんにもテンションを上げてもらいたかった。

 ―― 最後に読者へのメッセージを

この映画は上映時間が非常に長いですけど、それで敬遠せずに、だからこそ見てもらいたいと思っています。映像って今はケータイでも見れるし、パソコンでも見ることができます。パーソナルな見方はいくらでもあるので、映画館で見ることって特に必要とされていませんが、この4時間38分という時間をイベントでもいいし、演劇でもいいし、コンサートでもいいんですけど、体験してほしいんです。旅行しているような気分でもいいんですけど、そういう体験できるような作りにしています。作品を鑑賞するってことではなくて、一緒に同じ時間を過ごして、再び戻ってくるみたいな体験をしてもらいたい。悲惨でキツいテーマを扱っていますけど、自分の時間に戻った時に、振り返ることができるような出来事であってほしいんです。是非映画館で見てもらえたらと思っています!

 

プロフィール
瀬々敬久監督プロフィール

1960年生まれ。京都大学文学部哲学科に在学中、『ギャングよ 向こうは晴れているか』を自主制作し、注目を浴びる。86年より獅子プロに所属。89年には『課外授業 暴行』で商業監督デビュー。以降も原発ジプシー、湾岸戦争など時代に結びついた題材に挑み、ピンク映画四天王と呼ばれるようになる。その後、一般映画にも進出。『ドッグスター』(2002年)『MOON CHILD』(2003年)『泪壷』(2008年)『感染列島』(2009年)などを手掛ける。

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