
ヴァンパイアになった神父と人妻が禁断の情事に身を焦がしながら、破滅的な運命を辿っていくバイオレンス・スリラーの『渇き』。2009年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞した問題作のメガホンを握った際には、『オールド・ボーイ』を含む“復讐三部作”で世界中を震撼させた鬼才、パク・チャヌク監督。10年越しの積年の思いが爆発した企画だっただけに“パク・チャヌク”ワールドが全開だが、倫理に触れる問題提起も少なくない。来日した鬼才に新作への想いを聞いた。
■取材・構成・撮影/床板京平(OFFICE NIAGARA)
カトリックの家系で育った私的なエッセンスが込められている『渇き』
―― 長い間構想を温めていたそうですが、監督作品の中でどういう位置づけになりましたか?
長い間構想を温めていただけに、ずっとずっとやり残していた宿題を、時間をかけてようやくやり終えた感じだよ(笑)。後は個人的にカトリックの家に育ったので、自分が成長する中で個人的にいろいろと感じていたものを、今回の映画の中に採り入れた部分がとても多い。映画が自分の頭の中で考えた虚構の世界だとしたら、この映画にはほんの少しだけだけれど、私的な経験が入っていると言える。わたしの人生の一部が、ちょっとだけどこかに入っているということだよ。
―― ソン・ガンホ演じる敬虔な神父が生き血をすするヴァンパイアに堕する発想が面白いです。
実はソン・ガンホが演じた神父は、自分自身と少し似ているところがある。優柔不断な性格で(笑)、つじつまが合わないことをペラペラとしゃべったり、そういうところは似ているよ。キム・オクビン演じるテジュが神父を見ている顔と、妻がわたしの顔を見ている顔は同じだ。そういう意味では愛着があるね(笑)。それに今まで撮った作品の中で、もっとも自分が意図したように撮れたと思う。このシーンは失敗だったかな? ということがなく、いい結果が出せたように思うよ。
―― キム・オクビンは清純派でした。ここまでセンセーショナルな役を演じるとは意外でした。
韓国人が彼女を見た場合に、相反する2つのイメージを持つ。まず1つは清純なイメージで、もう1つは彼女はダンスがうまいのでセクシーな衣装を着てダンスをしているイメージだよ。その姿がYou Tubeにも載っていて、世界に流れているのではないかな。数百万人に観られていると思うが、彼女は韓国のビヨセンと呼ばれているんだよ。清純さとセクシーなイメージの2つを持ち合わせているけれど、まさにこの映画ではその両方が必要だった。とてもやりがいがあったよ。
クラシックVS韓国の王道系懐メロ!? 音楽が登場人物の代理戦争!?
―― 皆がマージャンをやっているシーンで流れている韓国の懐メロのような曲が印象的です。
あの曲は、韓国の植民地時代、すなわち日本に統治されていた当時の音楽だよ。その当時にとても偉大な歌手、作曲家、演奏家が作った本当にすばらしい曲で、韓国の大衆歌謡史に残るものだとわたしは思っている。個人的にはとても大好きなナンバーだよ。あの曲は男性の曲を1曲、女性の曲を1曲というように個人的に好きで使っていたが、劇中でのテジュはあの曲が嫌いだという設定になっている。彼女にしてみればウンザリなわけで、少々アイロニーが効いているわけさ。
―― 映画において音楽は重要ですが、神父サンヒョンの心情は異なるジャンルの音楽でしたね。
かたやサンヒョンを象徴する曲として、バッハの「カンカータ」をリコーダーで吹いている。両方の曲を聴き比べると、かたや懐メロで、かたやクラシックだよね。まるで音楽自体が戦っているようで、性格が違う両者を表しているということさ。相反する音楽が競争をするようなものなのさ。ラストシーンでラ夫人にテジュが曲をかけてあげるのだが、あのシーンでのテジュは義母に対して罪を犯したという気持ちがある。贖罪の意味であの曲を義母に流してあげたわけなのさ。
―― ホラー、ラブストーリーなど多面的な作風ですが、どんな受け止められ方を望みますか?
ジャンルの先入観がないほうが映画というのは楽しめるものだ。先入観を持ってしまうと、たとえばホラー映画だと思って観に来たのに、しらけた笑いがあるとか(笑)、ロマンスを期待していたのに、なぜこれほど残酷なのかという不満が生まれてしまう。ジャンル映画というのは先入観の枠の中で観てしまうので、観る方にはできるだけ自由に観てほしい。わたしの映画を好きな人も嫌いな人も理由は同じで、枠に囚われない自由な発想は、人によって受け止め方が違うのさ。
女王様キム・オクビンに気を使いつつも(?)、映画作りは止められない!
―― ところで、ソン・ガンホ、シン・ハギュンという常連組を起用し続けることに何か意味が?
ソン・ガンホは冷静でドライな演技がとても大好きな俳優さ。もちろんほかの演技も上手いと思うのだが、わたしにはこの2点がとても秀でているように思う。シン・ハギュンは『地球を守れ!』という映画で見せたような、ややオーバーアクションに見える、強い演技ができる人。彼は強い演技、面白い演技ができるのではないかということを期待させてくれる俳優さ。ユーモラスなところもあるし、おかしな人と見えるところもあるような気がする。笑顔さえもおかしく見えるよ。
―― プライベートでも仲がよいということを聞いています。飲み友だちのような関係ですか?
実はプライベートでも本当に親しい友人同士なのさ。酒を飲むときにもっとも楽しく飲める、いわゆる飲み仲間なのだが、映画を撮り終えて時間ができたからお酒を飲んでいるのか、お酒を飲んでいて、ちょっと時間ができたから映画を撮っているのか、よくわからない状況なんだ(笑)。区別がつかないようなところがあるよ。そんな中にキム・オクビンを新入りのようなに迎え、どれだけ気を使ったかわからないよ。まるで女王様に接するように3人で一途な愛を捧げたよ(笑)。
―― そんな気苦労もありながら(笑)、映画製作の楽しみとは改めてどういうことでしょうか?
すべての過程が本当に楽しいが、あえて言うなら撮影のときだね。現場にいるときに映画制作の醍醐味を感じる。デビュー作のころは現場に行くと皆が自分を見ているような気がして、怖かったものだ。監視・テストされているような気がしたのさ。今はまったく違う。100人を越える大家族の中で、家長になったような気分さ。その中に身を置けることが楽しい。『渇き』は、結果としては満足のいくものに仕上げることができたので、自分とって忘れられない作品になったよ。
プロフィール
パク・チャヌク(監督・製作・脚本)
1963年生。韓国出身。1992年、『月は…太陽が見る夢』で商業映画監督デビュー。2000年、南北兵士の悲劇と友情を描いた『JSA』が記録的な大ヒットを記録。以降、“復讐三部作”の第2作目『オールド・ボーイ』が、カンヌ映画祭グランプリを受賞するなど、日本でもその名が知られるところとなり、今では新作の公開が待たれる人気監督の座に。次回作では、親友のポン・ジュノ監督と組み、ポン・ジュノが監督、自身が全面プロデュースを務め、SFフレンチコミック「Le Transperceneige」の映画化構想中。そのほかの代表作に『親切なクムジャさん』(05)など。
バックナンバー
- 2010.9.6 『渇き』パク・チャヌク監督 インタビュー
- 2010.9.3 『心霊写真部』中村静香 インタビュー
- 2010.9.2 『BECK』桐谷健太インタビュー
- 2010.8.30 『花と蛇3』小向美奈子インタビュー
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- 2010.8.24 『トイレット』荻上直子監督インタビュー
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