
俳優として唯一無二の存在感を放ち、ノンジャンルのフィールドで活躍を続ける渡部篤郎が、初の長編監督デビューを果たした『コトバのない冬』。厳寒の北海道の小さな街、由仁町を舞台に、落馬事故で記憶の一部を失ってしまった女性と、コトバを発しない男が運命的に出会い、その交流の行く末を丹念に映し出していく異色の人間ドラマだ。渡部自身、コトバを発しない男で出演しながら、原案と監督を兼ねた意欲作だが、「監督と俳優の間に境界線を引いていない」と語る。ワンシーン、ワンカット、リテイクなしなど、世界観を大切に演出した、渡部篤郎に話を聞いた。
■取材・構成・撮影/床板京平(O N)、スタイリスト/中村みのり、ヘアメイク/TOYO(bello)
大きなキーワードがなくても、いろいろな物語で映画は撮れる
―― 長編監督をしてみようと決意した時期や、そこに至る道のりはどのようなものでしたか?
いつぐらいから――とよく聞かれますが、正確にいうと20代の後半ぐらいですね。自分が撮るということではなくて、テーマについて何人かのプロデューサーと話をした記憶があります。僕は監督をベースとして仕事をしているわけではないので、きっかけは偶然に近いですね。本当にタイミングがよくて、2004年の少し前に仲間うちで話しが出て、スタートした感じです。順を追ったストーリーを撮るということもなく、自主制作で自然に始めた経緯があります。
―― 本作は東京国際映画祭や海外の映画祭などで、早くから話題になっていた注目作でしたね。
コンペティションには700本ぐらいが集まって、その中の15本ですから、簡単に選ばれるものではないので、厳しいことですよね。本当に運よくというか、ラッキーな状態が続いていって、それが約1年間続きました。そうしているうちに配給が決まりました。いつまでに公開してと、計画的に進めたわけではなくて、すべては時任せでした。今でも映画監督を意識していることはなくて、今日こうしていても俳優の気分でインタビューに参加しているような感じがします(笑)。
―― それに、今作では原案と監督に加えて、俳優としても、劇中に出ていらっしゃいますしね。
それほど変わっている物語というわけでもないですし、監督して取材に臨むような感じではないですよね(笑)。わりと抽象的な言葉を排除してお話するようにはしていますけど、そもそも、僕が監督をしたという意識が強くはなかったですね。即興劇のスタイルも、日常の人々が物語にならないのか? という話から後から決まったようなものでした。大きなキーワードがないと物語にしづらいけれど、本当はいろいろな物語がある。もっとシンプルな物語がやりたかったなと。
自身と同じ時代を過ごしてきた高岡早紀にヒロイン役を
直接オファー
―― コトバを話せない男、記憶を失う女というアイデアはどのようにして生まれたのですか?
海外で起きた出来事を新聞か何かのコラムで読みました。内容はちょっと違いますが、婚約寸前で(相手の)記憶がなくなってしまい、戻らないままもう一度プロポーズした人の記事でした。記憶がなくなっているので、趣味なども変わりますよね。なのに、同じ人にまたプロポーズする。何回かふられたそうですが、結婚に至ったそうです。ただ、この話を映画にしたいというよりは、考えられないようなことが現時世界で起きていて、そのとき人間ってすごいなって思いました。
―― 実際に起きたエピソードに、渡部さんなりのアレンジを加えていったという感じですか?
そうですね。生きていることが、すごく楽しいなと思えました。そこからアレンジを加えつつ、テーマを決めましたね。僕が一番ほしかったことは、人が日常を普通に生きていることを絡ませて描くことでした。季節が冬になったのは、北の冬景色が美しいということがありますが、皆のスケジュールが合ったからです。インディーズものは勢いでやらないと(笑)。人に考えさせてはいけない(笑)。とにかくロケに行くと決めて、半ば強制的にやってしまう必要がありました。
―― そして、主演を務められた高岡早紀さんには、渡部さんが直接オファーされたそうですね。
はい。高岡さんは、それこそ僕がデビューした当時、『橋のない川』(92)という映画で、ご一緒させていただきました。その後にドラマ「ストーカー 逃げきれぬ愛」(97)があって、同じ時代を過ごしてきた感覚があります。あるとき街で会って、そのさいに今回の映画の話をさせていただいて、楽しそうだねと言ってくれました。彼女の人柄や現場での姿勢だけではなく、彼女自身にすごく素敵な部分がたくさんある。そういうところで、高岡さんにやってもらいたかったんです。
世の中のことはつじつまが合わない。いろいろなスタイルの映画があっていい
―― 渡辺えりさんの会話のシーンをはじめ、即興劇スタイルとは思えない印象を受けましたが。
もちろん、台本がありますよ(笑)。ただ、僕は現場でどんどん膨らませていって構わないと思っていたし、それはただそれだけのことじゃなくて、渡辺さんがその土地に実際に行って、そこの駅や時刻表、人々が何人住んでいるのかまで、ちゃんとリサーチしていただいたからこそだと思います。劇中には登場しませんが、高校の名前まで調べていただいていました(笑)。本当に素晴らしいかただと思います。たった数日間でそこまで体の中に入れて、演技されていたわけですから。
―― ワンシーン、ワンカット、NGなしという演出方法も、現場で膨らませていったのですか?
最初の段階は様子を見て、それなら僕のシーンだけを撮ろうと。インディーズはそんなものですよ。最初からボンと来られても、皆困ってしまう。皆映画の現場経験が少なかったので、とりあえずやってみようと。1日やってみて、これならいけるという話になって、1回でやろうと。撮り直したいとも思ったし、撮らなくてもありだとも思いました。当時はもっと勢いでやっていました。そもそも、撮り直したいものがあってもどうにかしなくてはいけないのは、僕のテーマですから。
―― 撮り直したいものがあっても、あえて撮らないというのは、かなり勇気の要ることですね。
逆に全部いいと思っていました。一般的にはNGだろうが、つじつまが合わなくても。だいたい世の中のことはつじつまが合わないでしょ(笑)? 皆きちんとしたパッケージのものを観ているから、そういう慣れかたをしてしまっている。海外に持って行ったときは1度もそんなことを言われなかったし、台湾ではコトバが話せない人はメールをするでしょう? と言われましたけど、映画にはもっといろいろなものがあっていいと思うんです。日本ぐらいですよ、細かく言うのは(笑)。
毎日温泉!? まったく過酷ではない渡部組の撮影現場
―― 確かに。メールをしない人はいますよね。この映画のように手紙を書くだけの人もいます。
台湾ではそういう場合、普通メールをするという文化になっているようでした。メールをしない人もいると僕は思うけれど、その文化の差みたいなものは面白かったですね。すごいなと思いました。僕はメールより手紙で、電話より直接会って話すほうがいいタイプですし、そこに対してある種の線引きはしなかったけれど、そもそもメールをする、しないということは、僕にとっては大きなテーマではなかったですね。もっとも、僕には(メールが)できないというか(笑)。
―― 監督と俳優どちらの立場も兼ねたわけですが、全体としてどういうことを心がけていましたか?
睡眠時間をきちんと確保することでした。僕は睡眠時間が少ないのが嫌なので、きちんと終わらせるぞ、という感じでした(笑)。後は、お弁当が出てくるのではなくて、その日作ったおにぎりをいただいて、夜は皆で鍋を囲む。だいたい17時ぐらいに撮影を終え、20時にはご飯を食べて、温泉に入ってもらって、11時には休める状態でした。朝は8~9時に来てもらう。過酷じゃない(笑)。2週間ぐらいそういう感じでした。 
―― 多くの注目を集めたことで今後監督としての活動も増えそうですが、いかがでしょうか?
監督としてというのは――どうなんでしょうね(笑)。そこは強く思ってはいないですね。撮りたいテーマがあれば、誰かが撮ればいいことですし、その誰かの中に自分もいるような。この作品がそうでしたからね。それほど強いクリエイター意識はないと思います。自分にとって前例がなかったですし、わからないことも少なくなかったですしね。ただ、たまたま俳優という仕事の片隅にいるので、仕事に対してプラスになるようなことであれば、またしてみたいと思います。
■公開表記:2010年2月20日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー
■配給:ジョリー・ロジャー
■コピーライト:(C) 2008 Laetitia,Inc.All Rights Reserved
プロフィール
渡部篤郎(監督・原案・門倉渉 役)
1968年生。東京都出身。1991年、五木寛之原作のテレビドラマ「青春の門」で主演デビュー。1995年、『静かな生活』で日本アカデミー賞新人賞と優秀主演男優賞のダブル受賞を果たす。以降、全編英語のセリフで殺し屋を熱演した『スワロウテイル』(96)や、本作のヒロイン・高岡早紀につきまとう男を演じたテレビドラマ「ストーカー 逃げきれぬ愛」など、多数の作品で存在感を残す。現在、テレビドラマ「まっすぐな男」が放送中。映画の公開待機作に『誰かが私にキスをした』、『てぃだかんかん』などがある。長編初監督作となった『コトバのない冬』は、2008年に東京国際映画祭で上映されたほか、第11回バルセロナアジア映画祭、第46回台北金馬映画祭、第33回香港国際映画祭など、世界中の映画祭で披露され、大好評を博していた注目の一作。
バックナンバー
- 2010.2.24 『コトバのない冬』渡部篤郎監督インタビュー
- 2010.2.19 『宝海大空 大空 夢の途中』宝海大空さん単独インタビュー
- 2010.2.10 『おやすみアンモナイト 貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』疋田紗也さんインタビュー
- 2010.2.02 『古代少女ドグちゃん』井口昇監督インタビュー
- 2010.1.22 『手のひらの幸せ』浅利陽介単独インタビュー
- 2010.1.22 『我が至上の愛 ~アストレとセラドン~』ステファニー・クレイヤンクール単独インタビュー
- 2010.1.15 『真幸くあらば』尾野真千子さん単独インタビュー
- 2010.1.15 『蘇りの血』草刈麻有さん単独インタビュー
- 2010.1.14 『影の交渉人 ナニワ人情列伝』竹内力単独インタビュー
- 2009.12.28 『ディア・ドクター』DVD発売・西川美和監督インタビュー
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