
『蛇イチゴ』『ゆれる』と、秀作を連打する西川美和監督の3年ぶりの新作『ディア・ドクター』。僻地の山村で誰からも慕われていた医者・伊野治が失踪する。研修医、ベテラン看護婦、重病に冒された一人暮らしの老婦人などの証言から、伊野の謎めいた人間像が浮き彫りに。サスペンスをユーモアで包んだこの娯楽作が1月8日にDVD化される。西川監督が作品に込めた思いなど、さまざまなお話を聞いた。
■取材・構成/本山由樹子
大それた監督というポジションの居心地悪さから生まれた作品
――数多くの映画賞を受賞した『ゆれる』後の作品ということで、相当なプレッシャーがあったのではないですか?
そうですね。そもそも『ディア・ドクター』はそこから始まった企画なんです。当時は、予想以上に多くの方に『ゆれる』を観ていただけたことで、大それた映画監督というポジションにいる自分に対して居心地の悪さが膨らんでいたかもしれません。そういう据わりの悪さを感じて生きている人って、少なからずいると思うんです。私自身がそうであるように、誰もが「なるべくして」今の自分になったとは限らない。でも、自分が思っているほど世の中は私に負荷をかけようとしているわけでもなく、期待をしているわけでもなく、注目しているわけでもないかもしれない。自意識過剰になっているのかなと思いつつも、この実感があれば「ニセモノ」についての物語を書けるという自信も芽生えました。
――ニセ医者に成りすました伊野ですが、根っからの悪者には感じられませんでした。
はい。ニセ者がなぜニセ者になったのかという話ではなく、ちょっとした出来心からニセ者になってしまった男が、本人も予想した以上の受け入れられ方をしてしまい、ひっこみがつかなくなる。そして、そのまま転がり続ける話を書こうと思いました。自分自身の話でもありますが、お客さんには私小説的なものを提供するのではなく、それぞれの職業や家庭の立場に置き換えて見てもらえるように、このテーマを語れないかと。分かりやすい話にしたかったので、普通の生活をしていて身近な存在といえば、医者かなと思い、主人公の職業に選びました。
僻地医療を取材して改めて感じたこと
――僻地医療の現場を取材されたそうですが、特に印象的だったことは何ですか?
死に方の難しさですね。頭では分かっていたけど、実際に現場に行くと、長寿を憂いているお年寄りがたくさんいらっしゃる。とはいえ、90歳まで生きた人たちは、根っこが太く、その憂い方すらも柔らかいんです。若い人が細かな現実に悩んでいる憂い方とは全然違うというか、吹いて倒れるような悲愴さはなく、諦めとともに早くお迎えがくることだけを半ば明るい希望のようにして待っている。
医療の発展がそうさせたのか、行き着くところまで生きてしまったら最後は死を待つ生き方になるのが自然なのか、医療の貧しい時代を知らない私には到底分かりません。延命治療が悪いとかでは決してないんですが、知らない土地の病院の真っ白な壁を見て死にたくない気持ちも納得できるというか。どう死にたいか、どう生き抜きたいかという希望は人それぞれで、時に家族とですら分かち合えない問題なんだな、と改めて思いました。
他人同士でも肉親以上に繋がれることがある
――鶴瓶さんのキャスティングって神がかっていると思うほどハマってますね。
ありがとうございます。本当は撮影期間中、しっかりと映画に向き合ってもらえる映画俳優さんに演じてもらいたかったんです。実に色んな俳優でシュミレートしてみたんだけど、この人だ、となかなか確信がもてる人が浮かばなくて、もうお手上げ状態というときに、是枝(裕和)監督に相談にいきました。「もう出ません、これ以上」と(笑)。そうしたら鶴瓶さんの名前を挙げていただいて、オファーしたところ、快諾していただきました。毎年とられている奥さまとの夏休みを返上して撮影に参加してくれて。だから奥さまに感謝ですね(笑)。鶴瓶さんの落語を見に行ったときに奥さまから「主人の新しい面を出してやってください」と。これだけビッグな芸人さんの夫人にはとても見えないんです、もちろんいい意味で、ですよ。素朴な雰囲気で、幸せそうな笑顔が絶えず、ご主人とその周囲の方を本当に大事にされてる素晴らしい方です。あれ、なんだか奥さんの話ばっかりですね(笑)。
――(笑)、では鶴瓶さんの魅力は?
鶴瓶さんは、そういう素敵な方に愛される資格のある男の人ですね。人の要求に120%応えたいという方なので、ロケ先でも、延々と続くサインや握手のオーダーに対応し続けて、かといって媚を売っているわけでもなく。サービスって、ここまでできるのか、そしてこんなに簡単にできることなんだなって。私は鶴瓶さんのことを天真爛漫な成功者、直感と才能の人だと思っていたんですが、その仕事ぶりをよくよく見てみると、物事に対して真剣に、自分の芸の磨き方に対してはコツコツと努力をされている。自分の立場や芸事に対して危機感を持ちつつ、慢心もないし、私たちには見えないところで、鶴瓶さんなりの不安や恐怖心を抱えながら歩んできたんだなと。そんなところが、伊野治が持っている弱さに通じると思いました。
――伊野と八千草薫さん演じるかづ子との関係が愛情というか、純愛にみえて、とても心地良かったです。
今まで家族のことを描いてきたので、「家族とは?」という質問をよくされるんですが、他人同士でも家族以上に繋がることができると思うんです。今回は伊野とかづ子の関係を通して、そのことを伝えたかった。2人の中に芽生えた温かいものは誰にも理解されないけれど、確実に繋がっています。その繋がりを私としては「友情」とか「恋愛」とか「親子愛」とか、何か明確な言葉に収めたくなかったから、年齢は親子ほど離しましたが。
プロデューサー陣へのストレスから生まれた名シーン
――印象的なシーンが多いですが、刑事(松重豊)が薬局会社の営業マン(香川照之)に「伊野は何で医者になったんですかね」と問いかけるシーンはゾクッとするほどの怖さを感じました。
あのシーンは実は後から書き足したシーンで、意外と評判いいんですよね(笑)。なぜ書き足したかというと、「伊野はなぜニセ医者をやっていたのか」ということをプロデューサーが誰も理解してくれなかったんです。金なのか、それとも愛なのかって。本当はそんな説明をしなくても伊野治という人物が書ければよかったんですが。
――困った人には手を差し伸べてしまうということですよね?
そうですね。他人に対して手を出してしまう悪意も、手を差し伸べてしまう善意も、人間が持つべくして持っている本能だと思います。愛という生易しい言葉にはしないでほしい。この思いを香川照之さんに託しました。プロデューサー陣へのストレスから生まれたシーンですね(笑)。でも、それでお客さんが腑に落ちてくれたのであれば、成功だったと思います。
落語のような映画を作っていきたい
――鶴瓶さんが主演ということもありますが、作品全体が落語のように感じられました。
それはすごい褒め言葉ですね。嬉しいです。撮影前に入院していたんですが、その時に兄が自分のiPodをくれて、その中に落語が100くらい入っていたんです。病床にいながらの落語がとても心地良かった。なので、病人が落語を聞くというシチュエーションをどうしても入れたかったんです。落語って、どうしてあんなシナリオを書けるんでしょうかね。落とし方も鮮やかだし。私も落語のように鮮やかに映画を作りたいです。
――次回作の構想はありますか?
漠然とテーマはあるんですが、それはまだ言えません。私の考えていることを面白いと思った方に先を越されて、私より巧く話を転がされても困りますから(笑)。今年は『ディア・ドクター』のプロモーションにかかりっきりでクリエイティブな仕事は一切できなかったので、DVDの発売を機に、『ディア・ドクター』のことは忘れて、鶴瓶さんのことも忘れて(笑)、またゼロからスタートしたいと思います。
プロフィール
西川美和(監督/原作/脚本)
1974年、広島県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
大学在学中より、映画『ワンダフルライフ』(是枝裕和監督)にフリーのスタッフとして参加。以後、様々な日本映画の現場で活動したのち、2002年『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビューを果たし、毎日映画コンクール・脚本賞のほか国内の映画新人賞を獲得。
2006年、長編第2作目の『ゆれる』が第59回カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品され、毎日映画コンクール(日本映画大賞ほか)、ブルーリボン賞(監督賞ほか)、読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)など数々の映画賞を受賞。
今年6月には最新作『ディア・ドクター』が公開となり、第33回モントリオール世界映画祭のワールド・コンペティション部門にノミネートされた。
バックナンバー
- 2009.12.28 『ディア・ドクター』DVD発売・西川美和監督インタビュー
- 2009.12.25 『古代少女ドグちゃん』谷澤恵里香さん単独インタビュー
- 2009.12.25 『俺たちのキャンプ』哀川翔さん単独インタビュー
- 2009.12.21 『よなよなペンギン』りんたろう監督インタビュー
- 2009.12.18 『アサルトガールズ』押井守監督単独インタビュー
- 2009.12.18 『ハイキック・ガール!』武田梨奈さん単独インタビュー
- 2009.12.3 『幼獣マメシバ』佐藤二朗さんインタビュー
- 2009.12.3 『SOUL RED 松田優作』御法川修監督単独インタビュー
- 2009.11.27 『母なる証明』ポン・ジュノ監督インタビュー
- 2009.11.27 『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』田中圭さんインタビュー
>>2008年のインタビュー一覧
>>2007年のインタビュー一覧




