
人形が、まるで人間のように心を持って恋をする“泣ける”ラブストーリーとして、国内外で話題となっている是枝裕和監督の最新作『空気人形』が完成した。他人とのつながりを求めて、外の世界に踏み出す空気人形のヒロインに、是枝監督が込めた想いなど、さまざまなお話を聞いた。
取材・構成・撮影/床板京平(OFFICE NIAGARA)
初めてトライした、是枝裕和流のセックスシーンの演出
―― 今回の『空気人形』で演出が変わったという意見がありましたが、いかがでしょうか?
変わったというかたは、どこのシーンを観てそう思ったのだろう?(笑) 変わらないほうがよかった?(笑) びっくりしたのかな。でも、そうかもしれないですね。ただ、今回の『空気人形』でも意識こそしていませんが、やったことがないことにチャレンジしいとは思っているので、たとえば、セックスシーンがありますが、今回は逃げずにやってみようかなあと思っていました。
―― セックスシーンの演出が苦手だったため、いままでトライしなかったのでしょうか?
苦手というか、どう撮っていいのかよくわからなかっただけ(笑)。セックスシーンをリアルに撮って面白いのかなあと(笑)。どうにか映画的に撮れないものかと思って、で、“息”だなと。膨らむこと、萎むことが、すごくビジュアルとして面白いなと思いました。逆に裸よりもエロチックですよね。より官能的になったとは思うので、結果的には面白い映像になったと思いますね。
―― 観客は初めて観る映像表現でしょうし、確かに官能的なセックスシーンでしたね。
結局、ストレートにセックスシーンを撮ったところで、世に出せないじゃないですか(笑)。ならば、メタファーにして出そうと考えた時に、“息”で撮ることに惹かれました。それなら、自分の映画の中でやったことがない描写が成立するなあと。まあ、観た人が変わったと言えば、それは変わったということでしょうね。僕の中では劇的な変化とか、そういうつもりはないですね。
俳優としてパーフェクトに仕事をこなしていたペ・ドゥナ
――
その最初のシーンは、空気人形が働いているレンタルショップの店内でしたよね?
エロイよね(笑)。でも、結果的には、よかったですね。あのシーンがエロくなかったら、この映画は負けになってしまうと思っていました。だからペ・ドゥナさんとARATA君には、「このシーンはセックスシーンになるので……」、とはっきり言って、伝えて演出しました。撮影時間は決して短くなかったと思いますが、2人ともよく頑張ってくれていたと思っています。
―― 息を吹き込まれる場面で、監督がなかなかOKしないとペ・ドゥナさんが言ってました(笑)。
そうなの(爆笑)。じつは、自分でもどこまで息を吹き込んだらOKなのか、よくわからなかったわけですよ(笑)。セックスシーンなので、自分で演出していて恥ずかしかったけど、どこに手を置くかとか、いろいろと細かい指示を出して、何度も何度もしつこく演出していました。それで、撮影時間自体が長くなったような気がしますね(笑)。結果的には、すばらしかったと思いますけどね。
―― 空気人形役のペ・ドゥナさんが美しいですよね。外見だけでなく、内からも美が出ている。
ええ。きれいですよね。凛とした感じが美しい。実際、会ってみて、思っていた以上にかわいかったですね(笑)。なんだかオヤジ的な発言ですが、本当にかわいい(笑)。スタッフ全員が激賞していました。それって、今回の映画では大切なことでした。また、俳優としてプロ中のプロでしたから、弱音1つ吐かずに、パーフェクトに演技をこなしてくれたと思います。
人間が抱えている空虚感は、逆に考えれば、他者とつながっていく可能性のこと
――
確かに、演技力が素晴らしいですよね。実際に撮影現場ではどのような感じでしたか?
耳がいいですね(笑)。きっと語学の才能がありますよ。だから、日本語の微妙なニュアンスを理解していて、僕が話して伝えたことを、その場で繰り返せるほどでした。たとえば、「この“……”には、こういう感情が含まれている」と説明すると、そこに不安があるとすれば、聞いてすぐに表現できるみたいな感じです。そういうことができる人。言葉のセンスは本当によかったですね。
―― ところで、今回の『空気人形』では、人と人とのつながりを描きたかったそうですね。
原作を読み進めていくと、空っぽの空気人形というのは、人間が抱えている空虚感のメタファーなのかなと思いました。そういうことで理解していくうちに、空虚感というのは、自力で満たせるものではないだろうと。それが、他人の息で満たされた瞬間、初めて満たされるということが、すごくいいなあと思ったわけです。人間同士のつながりを考えた時に、豊かだなあと思いました。
―― なるほど。空虚感が必ずしもマイナスな要素だけで捉えない立場、ということですね。
ええ。一般的には、空虚感って、マイナスなイメージしかないですよね。空っぽな感じ。でも、その空っぽな状態は、他者とつながっていく可能性を表わしていると捉え直せれば、自分で無理に埋めなくていい、ということに気づく。つまり、欠如が可能性として描かれている原作だったので、それがいいなあ、素晴らしいなあと思い、原作を読み、すぐにプロットを書き始めました。
人は弱い部分を受け入れて生きていく豊かな発想が、『空気人形』に出ていればいい
―― マイナス要素を肯定していく発想って、映画にはありそうでないコンセプトですよね。
そう。人って、そんなに簡単に成長しないだろっていう思いが僕には強くて(笑)、話は変わりますけど、立川談志さんの本に落語とは何かを語っている本があって、要するに映画や演劇というのは、だいたい人間の弱さを自分の努力で克服していく話が多いと。業の克服ということで、どの映画や演劇の物語も同じだと。ただ、落語はそれだけじゃない、って書いてあったわけです。
――
確かに、いわゆるダメ男が、ダメ男のまま終わっていく話が落語にはありますよね。
落語は業の肯定がテーマということです。業は克服されないものとして扱われる。人間はそういう弱い部分があるということを受け入れて、なお生きていかなくてはならないことを描くことが落語で、その上で、どう生きていくのかを考えるのが知恵だというわけです。これって、すごく豊かな発想。これこそが僕が描きたいテーマだったわけです。
―― 映画の場合、主人公の成長劇みたいな流れで終わっていくパターンが多いですからね。
ええ。なかなか映画の世界で、そういうテーマを描くことは難しい。こうすれば、夢は叶う! みたいな成功論が多い。世の中には失敗や挫折が多いから、そうじゃないほうがいいよねって思わされて過ごしてきたわけですね。今回、僕は漫画原作を読み、そんな豊かさや優しさを感じました。それが『空気人形』にも、ちょっとでも出ていれば、そして、伝わればいいなあと思います。
プロフィール
是枝裕和(監督/プロデューサー/脚本/編集)
1962年生。東京都出身。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。ドキュメンタリー番組を数多く手がけ、1995年、『幻の光』が、初監督で、第52回ベネチア映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。続く『ワンダフルライフ』(98)も各国で高い評価を受けた。2004年、監督第4作目の『誰も知らない』が、カンヌ映画祭にて、映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞。国内外で大きな話題を呼ぶ。そのほかの監督作品として、『花よりもなほ』(06)、『歩いても
歩いても』(08)、『大丈夫であるように ─Cocco 終らない旅─』などがある。
バックナンバー
- 2009.10.9 『空気人形』是枝裕和監督単独インタビュー
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- 2009.9.25 「Love Story - 太陽のキセキ -」崎本大海さん単独インタビュー
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