? 『へんりっく』石川淳志監督インタビュー 紀伊國屋書店 Forest Plus

1983年にこの世を去った舞台作家、映画監督などあらゆる創作活動で異彩を放った寺山修司。彼が主宰した劇団・天井桟敷も解散。寺山の母、寺山はつは寺山の表現活動を裏で支えてきた森崎偏陸(へんりっく)を養子に迎え入れ、戸籍上、偏陸は寺山修司の弟となった。以降、偏陸は寺山修司が残した数々の作品を表現し続け、その存在を後世に伝えるべく奮闘している。今回、そんな森崎偏陸にはじめてスポットを当てたドキュメンタリー映画『へんりっく  寺山修司の弟』が完成。10月10日より公開されるはこびとなった。7年間という長期取材の結果、画面に焼き付けられた偏陸の姿は、見る者に何を与えるのか?監督を務めた石川淳志に話を聞いた。(取材・文  飯塚克味)

偏陸さんと僕の出会いはマイナスから始まった。

――前作『樹の上の草魚』から12年ぶりの監督作ですが、本作製作の流れを教えてください。

『樹の上の草魚』以降、CS放送で出版業界を描くドキュメンタリー番組の仕事をしていました。それを見た喇嘛舎、ワイズ出版、漫画評論家の千田潔さんの三方が、一般客に向けた作品を、作れると評価してくださり、小さなところから話がスタートしました。それで誰を取り上げるかという段になって、いろんな意見が出た中で、ワイズ出版が製作する『蒸発旅日記』(監督:山田勇男)という劇映画で50歳を超えてチーフ助監督をしている森崎偏陸さんの話を聞きました。そこで彼がどうやら寺山籍に入っているということと、50歳を過ぎて助監督をしている偏陸さんに興味を持って、提案したところ、一発で決まって・・・。実はその後、初めてご本人にお会いして、取材の意向を伝えたんですね。

偏陸さんご本人に話を伝えた時は半信半疑でした。それと私の『樹の上の草魚』をご覧いただいた後、『非常に不愉快な映画だ』とも言われてしまいました。(笑)だから僕たちの出会いはマイナスイメージから始まったんですね。偏陸さんは故・寺山修司さんに始まり、荒木経惟さん、松村禎三さんなど、きら星のごとき芸術家と一緒に仕事していますので、僕のことは歯牙にもかけないのも当然です。でも何とか了解いただき、2003年5月から撮影が始まりました。偏陸さん自身もスポットライトが当たるのは恐らく初めてだったので、私に対して不信感は持ちつつも、ある種の感慨は持ってくれていたと思っています。

――製作期間は7年という長いものですが、これは予定されていたものなんでしょうか?

全くそんな事はありません(笑)。僕はCS放送をやっていた当時の30分番組製作の流れが身に付いていたので、その3倍くらいの3カ月くらいで撮影期間をイメージしていました。でもズルズルと長くなってしまいました。あと編集する環境が全く無かったのも時間がかかった理由ですね。主な撮影は2005年の暮れには終了していました。結局パソコンでノンリニア編集するのが一番安いということで、それを買って、やり方を習得するにも手間がかかってしまいました。だから劇場公開作品になるかも決まらず、DVDが発売されれば、そこで終了!という話もあったくらいです。

でも基本的には僕が独りでカメラを担いで取材しているので、撮影中のお金はそんなにかかっていません。偏陸さんが、2005年9月に『ローラ』(※1)の上映でパリに行く予算を出してもらう段階から、ちょっとこれは多くの人に見てもらってもいいのではないか?という雰囲気が出てきたんです。

偏陸さんが寺山修司の影から逃げる?逃げる必要はありませんよ。

―― 森崎偏陸さんは、寺山修司という偉大すぎる人物の遺志を引き継がなければならない立場にあります。そんな悲哀も背負い込んだ人生を送る偏陸さんにどのような魅力を感じたのですか?

偏陸さんは寺山修司という巨大な恒星の周りを回っている惑星ととらわれがちですが、偉大な監督のそばにいられる喜びというのもあるはずなんです。その薫陶を受けて自分が表現するかというとそう簡単でもない訳ですが、そんなところが自分にシンクロしたのかもしれません。

―― 劇中、出演者の方が「へんりっくは自分と向き合っているのか?」という印象的な台詞があります。偏陸さんは、寺山修司の影から逃げることはできないのでしょうか?

逃げる必要はありませんよね。偏陸さんにとって、家出してから天井桟敷に入るまで、うれしかったと思います。巨大な才能の手足となって、支えることが喜びになったと思います。これは私の個人的な考えで、映画の中では暗示していますが、彼の人生は自分のお母さんお父さんだと思っていた人が、親戚だったという違和感から出発しています。それが小学3年生の頃だったらしいんですよ。結局、その違和感を持ったまま家出をして、天井桟敷に入ったんです。寺山さんは天井桟敷を作る時、見世物の復権と宣言したのですが、社会から疎外されたいろんな人を集めました。そんなところに偏陸さんの居場所はあったと僕は思っています。

―― この作品では、映画と舞台を融合させた『ローラ』のような貴重な作品を見ることができますが、石川監督は寺山修司への想いとしてどのようなものをお持ちなのでしょう?

舞台は残念ながら間に合いませんでしたが、寺山修司の劇映画は全て見ました。あと短編映画も何本か見ていまして、面白い、不思議だなと思っていました。一番好きな映画は『さらば箱舟』ですね。一族が記念写真を撮るラストシーンでは、胸が熱くなりました。それまで“知”のゲームとしてしか、寺山作品を見ていなかったのですが、あの時は自分との距離が縮まるのを感じました。偏陸さんと知り合ってからは、どんな本を読んだらいいか聞いて、『毛皮のマリー』とかを読んで、本当に世間で言われているように天才であることを再確認しました。

作品のためにカメラを買ったら、三脚を買う金がなかった(笑)

―― この作品では手持ちカメラ主体、テロップを使わない、説明的な描写の排除など、演出法に関しては?

外景に関しては、ラッシュの段階で細かく入れていたんです。でも入れなくても分かるだろうという意見があり、それならとかなり削除しました。手持ちカメラに関しては、この作品のためにカメラを買ったら、三脚を買う金がなかったというのが真相です(笑)。まあそれは冗談ですが、実は僕、フィックスの画が大好きなんですよ。でも今回はそんな自分の好きな手法を封印して、どこまで映画というものに迫れるか挑戦してみたかったという気持ちもありました。映画が好きなだけに、無意識な内に発生する映画の影響を排除してみたかったという想いがあったんです。

でも位置関係はもう少しきちんと提示してもよかったかもしれませんね。人物にテロップを入れない事に関しては、各方面から批判も受けていますが、有名無名な方、また撮影中にお亡くなりになってしまったいろんな方々が登場しているので、そこに優劣の差をつけたくなくて、あえて人名は排除しました。

あと私はものすごい映画オタクでもあるので、好きな70年代のアート映画に見られたパートカラーの手法を取り入れたいと思い、それを実践しています。30分くらいモノクロの映像が続いて、その後突然カラーになると、色がより鮮やかに感じられますし。フランスロケに行って、一番印象的だったのが、日本では3時から5時くらいで終わる夕景が8時くらいまで続くように感じました。ちょっと黄色い光線がずっと続いて、それを自分が感じたように表現したいと思いました。あとフランス映画でよく聴くパトカーのサイレンから入ったので、ちょっとそこは面白いかと思って、やってみました。

―― ここしばらくテレビのドキュメンタリーの仕事をされていましたが、同じドキュメンタリーでも映画とテレビだと違いはありますか?

実はテレビのドキュメンタリーを集中して見て、受け手に何が伝えられるか勉強したんですが、テレビのドキュメンタリーって、構造はどれも同じで、ある人物、あるいは事件を提示して、仕事、私生活を見せて、写真などで履歴を紹介、その後、今抱えている問題とは何かを語って、それに向かって解決の道筋を辿る。それで大体30分か1時間の作品が完成している。それはNHKでも民放でもほとんど変わりません。

それが、まるでその主人公を見たかのような気にさせてくれます。これはいまだに有効な手法だと思いますが、あまりにも見続けていると、人の人生ってこんなに簡単に語られてしまっていいのか?もっと言葉にならないもやもやしたものを抱えて生きているのではないかとも感じました。それで、自分の作品の中で解決はしないようにしようとは思っていました。もっともっと生の偏陸さんを見続けることで、時間を使いたいと編集していました。

僕がこんなに好きになった偏陸さんという人物を丸ごと好きになってもらえたら

―― 偏陸さんは、この映画の完成版を見て、どのような意見を持たれましたか?

喜んでくれましたね。でもその後、いろんな人の意見を聞いたらしくて、「僕は君に投げ出しているんだけどね」と言いつつ、場所や人物名のテロップを入れて欲しいとも言われましたね。でもそれはこだわりでもあるので、了解してもらいました。マスコミ試写にも友人を連れて来てもらいました。

―― 石川監督ご自身の次の予定は?

僕は偏陸さんに自分を投影していると思うんですけど、メランコリックな寂しそうな男っていうのは好きなんで、ある落語家さんを撮り続けています。あと実現するか分かりませんが、劇映画の企画も考えて、実現するよう頑張っています。

―― この映画はタイトルに“寺山修司の弟”とあるので、寺山ファンには当然見てもらいたいところでしょうが、寺山ファン以外に訴求したことってありますか?

巨大な才能のそばにいた人の生活といいますか、生の実態といいますか、その暮らしぶりを伝えたいなと。僕がこんなに好きになった偏陸さんという人物を丸ごと好きになってもらえたらという気持ちがあります。偏陸さんは普通の人が生活の根拠にしている戸籍というものを、葛藤はあったと思いますが、それも手放してしまった。一人で暮らしていて、遠くに暮らす両親をデイケアサービスにお願いしつつ、月に一度は必ず帰って一緒に暮らすライフスタイルに共感したりもしました。とにかく愛されている人で、無私の行為ができる人なんですね。売れない小劇場のチラシを無料でデザインしてもいます。いろんな発見もあるし、勉強させてもらいましたので、それを見てもらいたいですね。

※1 『ローラ』…74年の寺山修司による短編。スクリーンにいる3人の娼婦が観客を罵倒し、それに反応したひとりの観客が、本物の客席からスクリーン世界に入り込んでしまうという実験的作品。この観客を森崎偏陸が演じている。

 

プロフィール

石川淳志

1963年、栃木県出身。『夢二』(鈴木清順監督)など、様々な映画にスタッフとして参加。95年の石井輝男監督作品『無頼平野』で監督補を務めた後、『樹の上の草魚』(97年)で監督デビュー。その他にCS放送で出版業界のドキュメンタリー演出や、web版「新刊ニュース」でのインタビューなどで活躍。本作は7年間の長期取材の末、完成に辿りついた。

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作品情報

へんりっく

題字:荒木経惟
ポスターイラスト:宇野亜喜良
ポスターデザイン:鈴木一誌
監督:石川淳志

カラー/モノクロ作品 スタンダードサイズ 117分
製作・配給:ワイズ出版
配給協力:アルゴピクチャーズ
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