プロレタリア作家、小林多喜二の「蟹工船」を、『弾丸ランナー』『疾走』などの人気監督、SABU監督が独自のアレンジで映画化した『蟹工船』が好評だ。未曾有の不景気で支持された原作の世界観はそのままに、スタイリッシュな映像表現で現代によみがえらせたSABU監督。監督第10作目の記念作ともなった『蟹工船』について話を聞いた。(取材・構成・撮影/床板京平)

時代設定をあいまいにしたのは好きか嫌いかで判断してほしいから

―― 製作発表記者会見でポップな「蟹工船」を目指すと言われていました。

はい。時代設定を限定してしまうと、観るお客さんも限定してしまうことになると思いました。あの時代はこうだったとか、あの時代なのに時代的な描写が足りないとか、くだらない議論が出ないようにしたかった。そういう議論が、こと映画ではよく起きがちですよね。そういうことに気を使うよりも、あの「蟹工船」を特別に取って付けたようなことをせずに、いままでに観たことがない映画に仕立て上げることに全力を注ぎました。

―― 取って付けたようなことをしないとは具体的にどのようなことですか?

たとえば、蟹の工場でも、近未来の雰囲気を出しつつも、レトロなSFっぽい匂いを出したかったわけです。そっちに転がせばおもしろいと思いました。映画とは、お客さんに足を運んでいただいてナンボのものなので、ある意味でおしゃれじゃないとダメですよね。歴史的な知識をひけらかしたい人が重箱の隅を突くような指摘をしてくるのではなく、単純に好きか嫌いかで判断してほしかった。伝えたいことを伝えられればいいわけですから。

―― 抑圧された人々が立ち上がるというメッセージなどのことでしょうか?

それもそうですが、全体的に原作を集約したかった、という思いはありました、松田龍平君の役もどちらかといえば巻き込まれてしまった感じの、そういう設定にする必要がありました。最初から激しく反抗している人がいたとして、大勢の人たちの中にそういう人がいた、で終わってしまう危険性がありました。彼の立場や思いを自分に置き換えて観てほしい。体験して、成長して、巻き込まれていく姿に、何かを感じてほしかったわけです。

課題や制約がたくさんあると、僕は燃えるタイプです

―― 小林多喜二の原作の再ブームを受けて映画化が決まったのでしょうか?

はい。ちょうど1年前に再ブームが来てから、今回の監督のお話をいただきました。再ブームの内に公開しないといけなかったので、慌てて作ったわけです。最初から心配事などはまるでなくて、おもしろそうだって思えましたね。製作費的に海で撮ることは最初から無理だったので、あとは船内でどれだけおもしろいことができるのかが勝負でした。そういうテーマが最初からズバッと決まっていたので、僕は楽しめましたけどね

―― 課題や制約がたくさんあると、映画を撮ることに燃えるタイプですか?

そうですね。僕はどちらかというと、そういうことが得意な監督ですね、課題や制約、無理難題が多ければ多いほど、そこから生まれてくることってあると思います。時間や予算がありあまっている状態――よく知りませんが、ありあまっていても困ってしまうかもしれませんね。ミラクルを自分で起こす場合と、勝手に起こる場合がありますが、たとえば、洪水のシーンはどう撮るのか。監督である自分が考え出さないとダメですよね。

―― 原作がある場合の映画化とオリジナル脚本の場合、違いはありますか?

違いますね。原作がある映画の場合、自分が発想しなかった状況があったりするので、それをどういじるか、どう料理するかを考えていくことは楽しいですよ。自分が思いもしなかったことを映画にしていく作業が、最近は楽しいと感じることがあるんですね。『蟹工船』のSF映画チックな要素は、とくに好きだったというわけではないのですが、テレビで放送されていたらSF映画を観る程度ですね。参考までに観る、という感じでしょうかね。

じつは、――カニにアレルギー反応を示します

―― ところで、監督はカニが苦手、だというウワサを耳にしましたが

そうですね。カニを食べると気管が細くなるのか、息苦しくなってしまうんですよ。『蟹工船』でカニを大量に扱ったからではなく、3~4年ほど前からですね。それまではカニが大好きで、よく食べていましたが、あるとき突然、カニにアレルギー反応を示すようになってしまって。いまも治ってはいないですね。大変じゃないですよ。毎日食べる食材でもないですし、撮影現場では直接触らなくても平気でしたから。

―― 監督の場合、撮影現場ではどういう感じで演出をされているのですか?

僕は良かったとしか言わない監督ですね。いい、いいって言っていると、みんなどんどん良くなっていく。ほめて伸ばすみたいなつもりはないですが、そうしています。自分が違うなと思う箇所があったら、ダッシュで指摘しに行きますが、基本的に怒りはしないです。話を聞いていないスタッフには怒りますよ。もともと人前で話すことが得意ではないので、一生懸命説明したのに聞いていなかったことがわかると、カチン!  と

―― 今後も他人が書いた原作モノを、映画化していく可能性はありますか?

原作の映画化はそれはそれでアリだなと思っているので、今後も原作モノ映画を撮ってみたいとは思います。オリジナル作品は海外を拠点に取り組もうと思っていて、海外の人たちはオリジナル作品を重宝してくれる傾向が強いですからね。オリジナルの世界観を好むわけですよ。日本でも取り組もうと思えば可能ですが、製作費を上げていくことで、いろいろなことにチャレンジが可能じゃないですか。同じことを、同じような規模で日本でやり続けていたら、成長がないなって思ったので、オリジナルを海外でリリースできたらいいなと思っています。

『蟹工船』に燃える映画としてメッセージを込めた―

―― SABU監督のストレートな爆笑コメディ作品を観てみたいのですが――。

自分でもやってみたいですが、もう大人なのでちゃんとしたテーマが要りますよね。以前、ドタバタ展開していくだけのストーリーを書いたことがありますが、ダメでした。感情がきっちり入っていってこそ笑えたりしますし、難しいですよね。監督業をやり出してからは、俳優1本に戻ろうと思わなくなりましたし、監督業がおもしろくなってしまったので、いまは昔よりももっともっとおもしろくてしかたがないです。だから、もう少し真面目にやろうと思っています。いや、真面目ですが、本気でやろうと。いや、本気なんですが

―― SABU監督の笑いに対するセンスやこだわりには、原体験がありますか?

原体験はいろいろとありますよ。学校で先生に怒られているときに、先生のチャックが外れていることに気づいて、自分の隣にいる奴も同時に気がついた。その時点で、またどつかれることがわかって震えてしまう。あとは、野球部のキャプテンの家のお葬式に行ったとき、悲しみで沈む暗い空気のなか、アブのような昆虫が交尾しながら飛び回って、舞っていた。それがおかしくて、おかしくて。そういう体験は、多々ありますね。お葬式でもなんでも、笑ってはいけない場所、瞬間で起こる、ハプニングによく遭遇していましたね。

―― 最後に、SABU監督からファンに、一言メッセージをお願いいたします!

まず暗い作品ではないです。「蟹工船」は暗くて過酷なイメージが強く、労働者が立ち上がる物語にしか過ぎないようなイメージになっているところがありましたよね。「蟹工船」はそれだけじゃないということを伝えたかった。映像的にもおもしろくなるし、衣装もすごいおしゃれにしてみました。燃える映画としてメッセージを込めましたし、エンターテインメントになっていると思います。誤解せずに観てほしいですね。

 

プロフィール

SABU

1964年生。和歌山県出身。とんねるず主演の『そろばんずく』(86)で俳優デビュー。大友克彦監督の『ワールド・アパートメント・ホラー』(91)で主演を果たしたのちに、『弾丸ランナー』(96)を初監督。ベルリン映画祭出品、全米で公開されるなど監督として高い評価を受ける。以降、『MONDAY』(99)、『幸福の鐘』(02)など話題作を連発する人気監督に。本作は重松清の同名小説を映画化した『疾走』(05)に続くベストセラー小説の映像化。

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