当代人気の25人の真打を集めた『とっておき寄席』の中で、40年以上のキャリアを誇る大ベテランとしてご登場いただいた春風亭小柳枝師匠。 当初、古典の名作『文七元結』を予定していたが演目を変更。これまた古典の名作として有名な『芝浜』を急遽高座にかけることに。名作から名作へ、咄嗟の切り替えができてしまうのは流石の一言。 名作『芝浜』をはじめとする古典落語の魅力を、初心者にもわかりやすく教えていただきました。

噺家の時知らず、なんて事を申しましてな

――大ベテランの小柳枝師匠に失礼だとは思うのですが、本日は初心者向けに落語の魅力を教えていただきたく…

そうですか。いえいえ、どうぞどうぞ。

――落語の素人でも、題名くらいは聞いたことがある名作『芝浜』。今回のDVD収録にあたって当初は、同じく名作と言われる『文七元結』を予定していたそうですが?

そうなんです。以前『落語の極(きわみ)』ってテレビ番組で『文七元結』をかけたんですね。やっぱりここ江戸深川資料館で撮ったんですけどね。僕は全然関係ないと思ってたんですけど、「やっぱり他の演目を」って要望があったので、急遽ね。

――『文七元結』も演者の力量が要求される噺で、おいそれとはできないと聞いています。そこから急遽、名作『芝浜』への変更。並大抵の噺家では無理かと…

いえいえ。

――師匠くらいになると、噺が全身に染み付いているから、即座に切り替えられるんですか?

『芝浜』はねえ、冬場にけっこうかけている噺なんですよ。トリを取った時にね。普段の寄席ではやらないんですけど、時間がないものですから。だけど寄席でトリを取った時は、時間が25~30分くらい取れますんでね。そういう時に『芝浜』とか『二番煎じ』とか、季節に合わせた長めの噺をできるだけやっているわけです。

――『芝浜』は本来、冬のお話なんですね?

若い方には季節感というものがピンと来ないかもしれませんが、落語には春夏秋冬、それぞれの季節ごとの噺があるわけです。貴方も先ほど聞いていただいたと思うけれど、『芝浜』は最後、大晦日だったでしょう?

――そうでした。酒に溺れていた魚屋が、奥さんのひと芝居で心を入れ替えて真面目に働き3年。その年の大晦日を迎えて…。

真面目に働き続けたから、暮れにお金を返す心配もしなくていいというね。昔は大晦日には、その年借りたお金は耳を揃えて返すという慣例があったんですね。だから『芝浜』で大晦日を迎えて…という段になると、聞いているお客さんの身につまされる思いは、現代の比ではなかったでしょうな。

――落語を楽しむには、そういった時代状況の違いを、ひとつずつクリアしていかないといけないんですね?

そうとは限らないですよ。僕の大師匠の六代目・春風亭柳橋という師匠もおっしゃってましたよ。「噺家の時知らず、なんて事を申しましてな…冬場に暑い噺をさせていただく、そのまた逆もございまして…」なんて言って、夏に時期はずれの『時そば』を演じていたこともありました。

逆に現代には現代の感覚があるわけです。僕、噺家になる前にサラリーマンやってたんですよ。だからサラリーマンの感覚はよくわかります。寄席のお客さん、金曜土曜と、日曜の夜では明らかに違います。金曜土曜は明日は休みだからってんで、ワーッと笑う。ところが日曜の夜のお客さんは、笑っていても時々、明日のことがよぎるんです(笑)。「また満員電車に乗らなきゃいけない、課長に会わなきゃいけない」とか、高座から見ててその心が読めちゃうんっです。いや~サラリーマンって大変な商売です!辞めて良かった!

噺に惚れる、噺の中の人物に惚れる。

――となると、古典落語って、時代背景を知っているとより楽しめるけれど、知らなくても楽しめるものなんですか?

古典落語は相当の数がございますけど、現代の笑いを全て網羅してるわけですよ。いろんな笑いがある。人間関係、喜怒哀楽ですな。 それは現代にも通じるわけですよ。男と女の関係も、時代は違ってもほら、男の遊び心とか、

――ああ、普遍的なものはある気が(笑)。

ね? それから人情となると夫婦の情、親子の情。『芝浜』は夫婦の情愛をテーマに描いていますし、『文七元結』は親子の情ですよね。『文七元結』はね、娘が主人公である父親の道楽のために身を売って、金を作ってくれてね。心を入れ換えようと誓った主人公が、その帰り道に身投げしようとしてる若者に会うんです。お店の大金を盗まれてしまったから、もう奉公先に帰れない。死ぬしかないと言っている。そこで主人公が、娘が身を売って作ったお金を、見ず知らずの若者に渡してしまうというね。江戸っ子の心意気ですよね。

――娘の行動も、主人公の行動も、現代ではなかなか理解できませんが…

それが落語になると、お客さんに通じるんですよ。人情噺は数多く 語られているけど、やっぱり現代に通ずるんですよね。何も話を額面通りに取らなくても、子が親を思う、親が子を思う…ささやかな気持ちは時代を超えてあるわけで。私も歳になってきたんで、その時の親の気持ちとかね。状況はまるで違うけど、わかるようになってきた。ましてその噺に惚れたりするとね。

――噺に惚れるんですか?

噺に惚れることもあるし、噺の中の人物に惚れることもある。 その人物には、自分にないところもあるかもしれないですけど、惚れるわけですよね。そうなると、感情移入というのは割にやりやすいんです。それよりどっちかっていうと、滑稽噺の方が難しい。

――そうなんですか?

よく言うじゃないですか、役者でも「泣かせるより笑わせる方が難しい」って。涙を誘う話はね、物語で活字を読んでても泣けるんです。これが笑いとなるとねえ、この笑いというものは不思議なもんでしてねえ…小咄を活字にすると途端に面白くなくなったり、また活字で見て面白いのをそのまま喋ると、面白くもなんともなかったりするんですよね。

 

噺家は下手も上手もなかりけり

まして落語ではお客さんがいるわけです。生のお客さんがいるわけですから。寄席の場合ですと、お客さんは毎日変わっているわけですね。1年365日。寄席っていうのは、同じ季節の、同じ月の、同じ時間帯で、同じようなお客さんでも…反応が違うんですよ。

――そういう状況に、どう対応して笑わせていくんですか?

六代目の柳橋の座右の銘で“噺家は下手も上手もなかりけり行く先々の水に合わねば”というのがあるんですよ。

――どんなお客さんの前でも、臨機応変に。

僕もよく言われました。「喉が乾いてるとこへ握り飯出したって、しょうがねえだろ、水を出せ。腹ペコのところに水出したってしょうがねえだろ?」
最大公約数を掴め、ということですよね。枕を話しながら、その日のお客さんが何を欲しがっているかを探っていくんです。

――ただ笑わせて、暖めるだけでなく。

ただ寄席では持ち時間が決まっていますし、古典に関して言えば “この噺にはこの枕”ってだいたい決まっちゃってますけどね。でも本来は、その日のお客さんがどういうお客さんなのか、枕でお客様の最大公約数を掴むんです。それでもう8割がた勝負は決まっちゃうわけですよ。

――その時点で。

ええ。ですから、そのお客さんの気持ちとピッタリ合うと、お客さんも乗っかってくれる。こっちも調子良く行く。いい形の高座ができあがるわけですよね。 あのね。調子のいい時って、自分の声が戻ってくるんですよね。逆に悪い時は、どんどんどんどん吸い込まれていっちゃうんです。

落語で大事なのは、やっぱりサゲの一言なんです。

――小柳枝師匠が最初に『芝浜』を高座にかけられたのは?

えーとね、僕は二ツ目の時ですね。四十になってたかな? 四十近かったですね、最初にかけたのは。それは自分の勉強会でね。寄席でかけたのは、二ツ目から真打になってトリを取った時ですから…  昭和53年っていうと? 今から何年前ですか?

――もう30年以上前ですね。

真打になってからやる噺なんですよね、これは。ただ、二ツ目の時に勉強会とかでかけて準備しておくんです。真打になってトリを取った時にできる噺、大ネタっていうのを準備しておくんです。

――最初のトリでの『芝浜』、覚えてますか?

真打になったのが昭和53年の5月ですから、その年の冬場だったと思いますがはっきり覚えていません。ただ夢中でやった。最初の『芝浜』ではないけど、  たまに昔録ったカセットテープとか聞いてみるとね、その時の方が 勢いがあって全然いいなって噺もあります。うまいヘタは別としてね。人それぞれの完成の仕方がありますからね。

――師匠はお酒はかなり?

そうですね。ずいぶん飲みましたね。だから飲んべえの気持ちはわかります。

――「よそう、また夢になるといけねえ」…『芝浜』のサゲみたいに、お酒はやめれるものですか(笑)?

あのサゲがいいとこでね、落語の。『芝浜』は歌舞伎でお芝居にもなってるんですよ。歌舞伎だと、あの金でもって、最後みんなで飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎをするんです。

――それまでの我慢が台無しですね(笑)。

それは全然落語の方がいいですよね。落語で大事なのは、やっぱりサゲの一言なんです。どうしても今の人は「でも、その後どうするんだ?」なんて考えてしまうけど、いいんだ、そんなことはどうだって。 『たがや』なんて噺は、侍の首を町人が斬っちゃうんですから。その首が花火みたいに飛んで、「た~がや~!」のサゲでおしまいになる。

その後どうなるかわかんないですよ。でも、そんなことはどうでもいいんです。元のお話では、侍が町人のたがやの首を斬ったらしいんですけどね。でもいつのまにか、抵抗文学というか、町人が侍の首を斬る話しになって、サゲがついてまとまった。それが落語の良いところ。面白きゃいいんだよ。

 

プロフィール

春風亭小柳枝(しゅんぷうていこりゅうし)

昭和11年東京都出身。サラリーマン生活を経て昭和40年、四代目・春風亭柳好に入門。前座名「笑好」。
昭和51年春風亭柳昇門下となり「鶏昇」昭和53年、真打昇進、九代目・春風亭小柳枝を襲名。昭和51年度NHK新人落語コンクール優秀賞、平成3年度文化庁芸術祭賞受賞。落語芸術協会・理事。ハワイアンバンド「アロハマンダラーズ」のメンバーでもあり、毎年8月には新宿末広亭にてバンド演奏を行っている。

バックナンバー

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◆演目紹介
春風亭小柳枝師匠:『芝浜』

腕は良いものの酒に溺れた魚屋の魚勝。妻の再三の懇願で久しぶりに芝の浜にある魚河岸へと出かけた。時間を間違え、人っ子ひとりいない浜辺で迎えた日の出。波打ち際で財布を見つけた魚勝であるが、その中には息が止まるほどの大金が入っていた。これで明日からまた飲んで暮らせる…そんな喜びも束の間、全て夢だったことを魚勝は妻に告げられ…

『芝浜』を30年以上高座でかけ続けてきた小柳枝師匠、熟練の一席。

◆その他演目

●春風亭百栄 「浮世床」
●春風亭柳好 「のっぺらぼう」
●春風亭正朝 「幾夜餅」
●三増紋之助 <江戸曲独楽>
●春風亭一朝 「片棒」

とっておき寄席!シリーズ作品

◆古今亭たっぷり二時間半
◆林家たっぷり二時間半
◆柳家たっぷり二時間半
◆三遊亭たっぷり二時間半

プレゼント

春風亭小柳枝師匠直筆色紙!!

【賞品概要】

* 賞品:春風亭小柳枝師匠直筆色紙
* 当選人数:1名様
* 応募締切:2009年7月12日(日) 12:00
* 商品の発送をもって、発表とさせていただきます。
* 商品の発送は7月中旬ごろを予定しております。

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