
落語初心者でも問答無用、爆笑ギャグが炸裂!精力的に新作落語を発表しつつ、タレントとしても活動中。気鋭の若手真打、林家彦いち師匠。
今回のDVDでは古典落語の『青菜』を高座にかけたが、女子高生が「ありえな~い」と大騒ぎする枕トークに始まり、現代的な笑いのセンスと語り口で、原典のサゲを体を張ったナンセンスギャグに昇華!原典を知らない初心者の爆笑を誘い、落語通をも唸らせる絶妙のバランス感覚。その秘密とは一体?
前半は我慢。最後のサゲまで我慢、我慢。
――すみません、こちら落語初心者です! よろしくお願いします!
よろしくお願いします!
――今回、彦いち師匠が高座にかけられた古典落語の『青菜』。初めて観たのですが、クライマックスの体を張ったゼスチャーの所で大笑いしてしまいました。
いやいや~、お恥ずかしいっす!
――セレブな旦那が使う上流階級のスラングを、主人公の町人がマネしようとする滑稽さ。それに付き合わされる奥さんがスラングを覚える時に…
全身で人文字みたいにして覚えるんですね(笑)。
――小粋なはずの上流言葉が台無しに(笑)。
“連想結合法”っていうんですけど、記憶術のひとつなんですね。無味乾燥な暗記を、語呂合わせやシンボルに結びつけて覚える方法。自分の場合、格闘技をやっていたこともあって、その動きバージョン…体で覚える、筋肉が覚えているって経験があるんです。それを噺の中のおかみさんにやらせたら、どうなるんだろう?と。
――(笑)
あのおかみさんだったら、絶対に緻密ではないよな、おおざっぱなゼスチャーで必死に覚えるんだろうけど…でも元々スラングだから、フレーズ自体に意味はないわけで(笑)。
――まさにナンセンス(笑)。
おっかしいなあと思って。
――でも今振り返ればなんですけど、おかみさんが覚えようとしたスラングは、お話自体のオチにつながっていて。何度も何度もおかみさんが復習することで、原典を知らない僕の中にも伏線のように刷り込まれていって…
そうなんです。そういうの僕、好きなんですね。パズルのようにきっちり作り込んで、溜めて、溜めて…
――ゼスチャーの所で一気に爆発。
ああいうのはきちんとやりたいですねえ。だから前半部分は、僕も我慢なんです。最後のサゲまで我慢して我慢して、前半ではまだ笑わせちゃいけないんですね。
――ドタバタの体を張ったギャグに見えて、実は緻密。
そうですね。古典の持つ世界観、噺そのものの良さは決して壊したくないですし。でも、あのおかみさんのドタバタぶりは、僕自身が七転八倒して噺を覚えていった過程でもあるんですよ。僕の師匠は林家木久扇ですが、これは古今亭の右朝師匠に、前座と二ツ目の時にたっぷり稽古していただいた噺なんです。
――当然その時はゼスチャーは無しで(笑)。
「まあ好きにやりなさいよ」とおっしゃってくださいましたけど…右朝師匠、今頃天国で怒ってるかもしれないですね(笑)。
基本的に登場人物は“僕”なんです。
――彦いち師匠が前座、二ツ目の時に『青菜』を覚えようとした奮闘ぶりが、おかみさんのドタバタぶりに繋がっているということですか?
奥の間から奥方が出てくる、上流階級のお屋敷。それを主人公がマネしたいけど、長屋だから奥の間なんてなくって、押し入れにおかみさん閉じ込めちゃうわけじゃないですか? それである時、ホントある時でしたね。「おかみさん、どれくらい暑いんだろう?」って思ったんですね。『青菜』は季節的には夏の噺ですから、真夏で長屋の押し入れに閉じ込められていたら、どれくらい暑いんだろう? そこから解放されたら、きっとドタバタしちゃうだろう、鼻血も出ちゃうかも?とか。
――想像力の世界ですね。落語の登場人物になりきってみる?
そうですね。基本的には主人公になりきることが多いですけど。最初の枕の部分、そして本題の噺に入ってからも、基本的には登場人物は“僕”なんです。「ある男が転んで痛かった」というよりも、「僕、転んじゃってね、痛かったんですよ!!!」って方が、ズッコケた痛さは絶対に伝わると思っているんです。
――枕のトークで女子高生から「ありえない!」と言われた彦いち師匠が(笑)、そのまま『青菜』の世界に入っていって、いつの間にか主人公になっていると。
結果として、そうなってることが多いですね(笑)。カメラでたとえると手持ちカメラ、主人公の本人目線ですね。江戸の街を箱庭的に俯瞰する方もいらっしゃるんでしょうけど、僕の場合は主人公の目線から、世界が段々開けていく感じですね。
――デジカメを持ったレポーター的な。
主人公の町人になった僕がいるんですね、きっと。そしてその目線の先に、街があって、お城があったり、殿様がいたり。殿様には僕、なかなかなれないので(笑)。やっぱり、僕は町人とか職人だと思うんです。だから走ったり、転んだり。その時はやっぱりカメラは揺れるだろうし。
――『仁義なき戦い』の手持ちカメラみたいな(笑)
そうそう、そんな感じで絵が動く。「ご免よ」「なんだい?」って書割り的な言い回しではなく。「ごめんよ!」って主人公が入ってくると、ワーッて画面中が上下に揺さぶられる感じですね。臨場感。
古典という制約があるからこその、面白さ
――『青菜』も間違いなく江戸の世界観で、江戸の人情も感じるんですけど、時折登場人物が、今の僕たちの日常で見られるツッコミやトークの感覚を見せていましたよね。
たとえば落語には知ったかぶりの人物というのがよく登場するのですが、それをいかにも落語的な口調で喋る人物として描くより、僕の身の周りにいる知ったかぶりの人の言い回しで喋る。そっちを選んではいますね。やはり僕は、僕の知っている人間しか描けないので、いろんな人間に出会って、栄養にしたりはしています。
――それでいて、絶対に古典の世界観は壊してないですよね?
そうありたいと思っています。たとえば現代の時事的なこと入れたいなら、新作を1本作りますよね。『青菜』のおかみさんみたいなギャグは、もちろん古典の中にも作り込んでいきますけど、話を変えてしまったり、世界観を壊すようなことはしません。
――落語初心者としても、変に時事ネタを混ぜて話を改変されてしまうと、原典を知る楽しみがなくなって困るんですよね。
うん、そうなんですよね。それは僕もそう思いますね。安易にギャグを放り込むのではなく、古典の世界観の中に現代的な感覚を織り込んでいく。それがうまく行くと、喜びが大きいですね。古典落語という大きなルール、制約があるからこその面白さだと思うんです。 まあ思わずね、今朝の出来事で誰もが知ってて、気になってることだったら、言ってしまうこともあるかもしれない。麻生さんが何か言い間違えをしたとかね(笑)。でも基本的には、古典をやる時は古典の魅力を損なわずに伝えていきたいと思っています。
僕と出会ってしまったわけだから、あきらめる!
――それでは最後に。このページ、落語初心者も視野に入れた新しいページなので、初心者にお勧めの落語DVDやCDがあれば、お勧めしてしただきたいのですが。
うーん…生きてる人。DVDやCDより、生きてる人を聞くことを勧めます。それはね、その人が今生きてるからなんですよ。
――今の噺家さんが。
いや、聞く側の人もです。この時代に、自分と同じ空気を吸っている人を聞けばいいんじゃないですか? それはねえ、落語にとって一番大事なことで。もちろん伝説の名人は素晴らしいですよ。桂文楽師匠、古今亭志ん生師匠、三遊亭圓生師匠…素晴らしい師匠はたくさんいらっしゃいます。でもどうしたって、そのDVDやCDの中に入って、その時のお客にはなれないわけで。あなたは今この時代に生きてるわけだから、昔を追いかける前に、今聞ける人を聞いてほしいです。現代の芸なんですよ、落語って。 そして現代のを聞いて、ちょっと慣れて来たら、一番近い昭和の名人である柳家小さん師匠とか、古今亭志ん朝師匠とか、徐々に徐々に…
――さかのぼっていく?
徐々にさかのぼればいいと思いますね。基本は今!
…だって志ん生師匠に「またなんで首かしげる、この蓄音機の犬!」ってクスグリがあるんですけど、これはきっと当時のビクターのロゴのことなんですよ。今聞いても、リアルタイムで聞いたお客さんほどは楽しめないでしょう?
――たしかに。ワンテンポ遅れちゃいますね。
それは、その時代に生きてる人がそれを聞いたことの喜びなんです。それを聞くことができたという、出会いなんですよね。一期一会なんで。 だからたとえばこの記事を読む人がいて、それで僕の落語を聞く人がいたら、それはもうしょうがない。
――(笑)。
それが縁だから。
――出会ってしまったという。
その人はもう、僕と出会ってしまったわけだから、あきらめる! そういうことが物語が大事なんじゃないですかね? そう思います!
プロフィール
林家彦いち
昭和44年鹿児島県出身。平成元年、初代・林家木久蔵(現・木久扇)に入門。前座名「きく兵衛」。平成14年真打昇進。平成12年度NHK新人演芸コンクール落語部門・大賞、平成17年彩の国落語大賞等、受賞歴多数。前座時代から新作落語を創作、平成16年SWA(創作話芸アソシエーション)を春風亭昇太、柳家喬太郎、三遊亭白鳥らと旗揚げ。落語会・寄席の他、独演会「喋り倒し」でも活躍中。
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