
33年間の拷問と投獄を耐え抜いたチベット僧、パルデン・ギャツォ氏の不屈の精神を描くドキュメンタリー『雪の下の炎』が全国公開中だ。メガホンを取ったのは、N.Y.在住の日本人女性監督、楽 真琴(ささまこと)。氏の苦悩の人生を通してチベット問題と人間が持つ精神の計り知れない可能性を浮き彫りに。監督に話を聞いた。(取材・構成・撮影/床板京平)
メディアが扱い難い問題がこの映画にはあります――
―― まさかここまで過酷な現実がチベットにあると思いもしませんでした。
人権問題もそうですが、多くの場合に言論の自由もないし、そもそもダライ・ラマ法王の写真を持つことすらできません。中国と経済的な国交がある国がチベット問題を指摘すると、中国が圧力をかける恐れがあります。だから日本においてもこの話題を扱うと及び腰になる。メディアが扱い難い問題がこの映画にはあると思います。
―― すると僕らが目にする情報は、何がしかの検閲を受けている可能性も?
中国政府のやり方は共産党の独裁的なコントロールになっているので国全体に閉塞感がありますし、情報の統制は凄まじい。昨年の大騒乱を受けて、情報は出ていると思いますが、中国のメディアと世界のメディアの報じ方には大きな違いがあります。
自叙伝を読み、いてもたってもいられなくなりました
――
もともと政治的興味から映画制作が始まったわけではないようですね?
はい。33年間投獄されたパルデンさんの話を大学で聞いたことがきっかけです。とても心に残りました。12年前にニューヨークに行った際に思い出しては、友達もいない英語も話せないわたしは励まされていました。彼の苦しみに比べればわたしのそれは取るに足らない。その後自叙伝を読み、いてもたってもいられなくなりました。
―― パルデンさんの存在を知って、映像作家になろうと決意したのですか?
いえ。映画を撮りたい思いはそれ以前からありました。30歳になる前に映画を撮りたいなと。以前は建築を目指していましたが、物理ができないことに気づいて、挫折を経て映画の道に入りました。あれほど辛いときにお世話になっていたので恩返しではないけれど、撮ってみようと。それで連絡を取って映画化がスタートしました。
日常の何かヒントになる。そんな役割を担えれば――
―― 声高にメッセージを叫ぶのではなく、人間に迫る感じの作風ですよね?
ドキュメンタリーにも種類があります。マイケル・ムーア監督みたいに自分が先頭に立って告発していく方法論もありますが、わたしは1人の人間とその精神力を炙り出したかった。チベット問題よりパルデンさんを描くほうが、逆にわかりやすく描けるとも思いましたね。
―― 繰り返しになりますが、『雪の下の炎』での現実には驚かされました。
(笑)。それでいいと思います。そういう素直な感想を持っていただければ撮ってよかったと思いますし、そういう人たちにこそ観てほしいです。まずはパルデンさんの精神力に感動を受けてもらいたいですし、チベット問題はその次でも構わないと思います。この映画が日常の何かヒントになる。そういう役割を担えればうれしいですね。
プロフィール
楽 真琴(監督・製作)
1973年。東京都出身。慶応大学卒。1997年にNYに移住。30歳までに映画を撮る夢を叶えるため、インディペンデント映画作りを始め、アシスタント・エディターとしていくつかの作品に携わる。NYで一番苦しいときに、チベット仏教とパルデン・ギャツォの存在に励まされ、その後ソニーのオンラインビデオサイトでダライ・ラマ法王の「カーラチャクラ」やいくつかの長編ドキュメンタリー制作に携わり、今回の『雪の下の炎』の制作に至る。
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