かの巨匠・溝口健二をして「天才」と言わしめた昭和の名監督・清水宏監督。その清水監督の代表作『按摩と女』を、鬼才石井克人監督がカヴァーした『山のあなた  徳市の恋』が12月10日DVD発売される。主演草彅剛さんの演技への執着心、徹底的にこだわった美術などなど作品の魅力を石井克人監督にうかがった。

「お前の作風は清水宏監督の作品にそっくりだ」と言われて――

――オリジナル作品『按摩と女』との出会いは?

『茶の味』という作品を作った時に、それを見た東北新社時代からの先輩である長尾直樹さんという監督さんが、「お前の作風は清水宏監督の作品にそっくりだ」と言われ、1941年製作の『簪(かんざし)』という作品を見たんですよ。そうしたら、本当にそっくりだと思ったんです。

それまで清水監督のことを知らなかったんで、見てみたら、その場にカメラを置いて撮っているだけみたいな演出で、何かっていうとロケのシーンばっかり出てきて、何年の映画だろうと思って見てみると戦前なんですよね。その時代、カメラとかまだ相当重いはずなのですが、それを引っ張って移動していたりとか、凄いなと思って。それで清水監督作品をいっぱい見たんですね。戦後になる頃には完全ロケになっていたりして、ヌーベルバーグより全然前なんですよね。だから感動しましたよね。

僕は『簪(かんざし)』がすごく好きなんですけど、『按摩と女』の方が美術的な気がしたんですよ。カラーにする時に、美術っぽく感じられて、今カヴァーするなら『按摩と女』だろうと思いました。

――リメイクでなく完全カヴァー。こうした手法を選択した理由。

映画を見直した時に気づいたんですが、『按摩と女』は清水監督のオリジナル脚本なんですね。オリジナル脚本ってことは、あの人の場合、そんなに書いていないんですよ。『簪(かんざし)』の方は脚本家が入っていて、あっちはすごく聞き取りやすい言葉でしゃべっているんですね。言い回しも舞台っぽいっていうか…。

『按摩と女』の方が、生っぽい感じがして、その時しゃべっていた言葉を再現しているにしても、生っぽいと思って、それが良かったんですね。それで当時の雑誌とかを調べていくと、ものすごく興味あることが書いてあって、戦前の役者さんたちが持っていた、生の声っていうか、言い回しにしても、記録としても必要なんじゃないかっていうか、そこを動かして、現代の言葉に感じちゃうと、抵抗があるっていうか、僕は90歳くらいのお爺ちゃんにも見て欲しかったんです。そのくらいの年の人が青春時代に見たはずの作品じゃないですか。その人たちが見た時に、「リアルだな~」と言われたいと思っていたんで、そこは動かしたくないと思ったんです。

草彅君は何でこんなに入り込んでいるんだろう?ってくらい入り込んでいましたね――

――草彅さん、加瀬さんの目の見えない芝居の演出で苦労されたのでは?

テストの時は目を開けてやっているので、激しいアクションもないし、僕が苦労した覚えはほとんどないですね。本人たちも楽しそうにやっていました。草彅君については何でこんなに入り込んでいるんだろう?ってくらい入り込んでいましたね。

普通、撮影していて、「カット!OK!」って言ったら、終わるじゃないですか。でも撮影終わったのに、そのシーンを何度も何度も練習しているんですよね。「もう撮らないよ」って言ったくらいです(笑)。

あと他の按摩さん役の人たちは全員がすごいハイテンションでしたね。たぶん、普段やらないジャンルの芝居だったと思うんで、きっと楽しかったんですよ。現場に入ってきた時から完璧で、よっぽど練習してきたんだなって感じがあって…やりがいがあるんでしょうね。

――カラーにすることで木々の青さ、マイコさんが身につける着物をはじめとする色彩があざやかでしたが、色へのこだわりをお聞かせください。

かなり注意しましたね。そこだけが面白いところだったんで、もう徹底的に絵を描いて、この組み合わせが綺麗なんじゃないかとか、これがいいとか探してみました。

あと着物が難しいのは、今まで洋服ものしかやっていなかったんで、着てみないと分からないというか、彼女に似合うかどうかとか、すごいいい着物用意しても、着てみると、変だよな、全然よくないね、みたいなことがいっぱいあったんですよね。そこでこれは大変なことになるって、すっごい焦りました。

作品自体がカヴァーなんで、オリジナルより悪くなったら意味がないですからね。

――美術については作り込みが非常に細かく、言われなければミニチュアとは思わないくらいです。観ている間は、純粋にこんな温泉地があるんだと思ってしまうほどです。

他のロケ地は気にしなかったんですけど、旅館の広場とかは、オリジナルだと使っていない旅館で撮影したことが一目瞭然みたいなところがありまして、ここはちょっといい感じにしようよ、ってことで、当時の旅館の資料とか集めて、美術の方向性を決めていったんですけど、じゃあどうやってやるんだってことになり、広場全体は作れないだろう、ってことになり、作っても置きっぱなしにしたら、塗装がはがれてきたりとか、雨が降るところには作れないし、そんなでかいものを。CGでできるかもしれないけど、ミニチュアって道もあるだろうと思って、その方向を探ってみました。

でもサンプルとなるような作品が見当たらない。特に普通の情緒的な映画では。怪獣映画だったらバレてもいいけど、どうなのかなあって。で、実験に実験を重ね、担当のスタッフも作ったことがない1/5というサイズに落ち着きました。でも映画祭とかで上映しても、誰も気づいてくれないですね。

――自然をとらえたロケの映像も美しく仕上がっていました。

結構、撮影日に余裕があって、1日数シーンなんてペースだったので、できましたね。これが何10シーンとかだと無理だったんですけど、10シーン以内ってことでやっていたんで。割と日差しを待っていたりしました。作品自体がカヴァーなんで、オリジナルより悪くなったら意味がないですからね。絶対いい画にしようってみんなやっていました。2か月くらい撮影期間あって、滝のシーンなんて、1日ワンカットしか撮っていないですからね。結構贅沢できたと思います。

特典用のスタッフも相当いたし、本編よりも予算かかっているじゃないかってくらいです

――今回、特典もすごいボリュームになっています。これ以上は出せないくらいに付いていますが…

必要ないんじゃない?って言われるほど入れました。(笑)マニアックなファンにはいいかもしれませんよね。特典用のスタッフも相当いたし、本編よりも予算かかっているじゃないかってくらいです。あと初めて僕の画コンテが付くんで、こちらも是非ご覧いただきたいと思っています。これは映画の設計図ですからね。これを見れば、他の人でも同じように作れるはずです(笑)。今までは単館系の作品が多くて、短期間で撮る必要があったんです。マーティン・スコセッシ監督いわく、「画コンテがなければ、短期間で映画は撮れない」訳です。僕自身は絵で食べていければいいなと思ったりもしているので、この画コンテは見ごたえあるはずです。映画作りの教科書にしてもらいたいですね。映画学校とかにも置いておいてもらってもいいかと思いますよ。

――最後にユーザーの方にメッセージをお願いします。

DVD発売を待って頂いたファンも多いと思いますが、待った甲斐のあるものになったと思います。プレミアム・エディションは全部入っています。僕の画コンテが入るのも初めてなので、僕の映画を気に入ってくれた方なら、今までの秘密も分かるし、ミニチュアのことに関しても、映像でしっかりこれでもかと説明しているので、興味のある人にはたまらないと思っています。綺麗なポストカードも入っているし、てぬぐい型のハンカチが意外とレアものなんで、そちらもお楽しみにしていてほしいですね。

 

監督 石井克人

1966年、新潟県に生まれた石井克人監督は、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科に進み、そこに客員教授として来ていた小栗康平監督に影響を受けている。91年に東北新社に入社して、93年にCMディレクターとしてデビュー。その彼が映画監督へと進出したのは、95年の35ミリスタンダードサイズ映画「8月の約束」である。自生する大麻畑を探す女子大生、自殺志願の男、女装趣味のバイカーなど”濃い”キャラクターたちが登場するこの映画は、ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭オフシアター部門でグランプリを受賞。そして98年、望月峯太郎の同名マンガを映画化した「鮫肌男と桃尻女」で本格的に商業劇場映画監督デビュー。アニメーションを実写化したようなテンポのいいセリフとカット割り、遊び心溢れる物語の語り口で独特の世界観を築いた。その後はあるホテルに集まった7人の人間が巻き起こす大騒動を描いた「PARTY7」(00年)、山問の町に住むある一家のほのぼのしながらちょっと変わった日常を様々な映像表現で描き出し、04年のカンヌ国際映画祭でも絶賛されたホームドラマ「茶の味」(03年)、仲間や自分らの世界観を発展させた「ナイスの森  First Contact」(04年)、自分が参加したDVDマガジンのフルCGアニメを中編新作として作った「NEW HALL&BONS」(06年)などを発表。一方ではクエンティン・タランティーノ監督の「キル・ビル  vol.1」(03年)のアニメーション部分にキャラクター・デザインで参加するなど、その多彩な才能は世界的に注目を集めている。

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